東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)217号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 周知技術の認定について
原告は、審決指摘の周知技術である単方向化及びその一手段である不整合法は、発振問題を生じる多段増幅回路にのみ適用できるものであつて、一個のトランジスタによる一段の回路であつて発振問題がないミクサ回路とは無関係である旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第六号証によれば、単方向化の直接の効果は、基本的には個個のトランジスタにおける負荷効果(負荷インピーダンスによつて入力インピーダンスが変化する現象)の抑制、すなわち後段回路が前段回路に及ぼす影響の軽減であつて、発振防止は右効果の発現形態の一つに過ぎず、他に単一段で調整した振幅特性を多数の段にわたつて同期調整することを可能にするなどの効果も、右効果から発生することが認められる。そうすると、単方向化は、広くトランジスタ回路全般について負荷の影響が入力側に及ぶのを防止する技術といつてよい。
他方、成立に争いのない甲第四号証、第五号証、第七号証及び第八号証によれば、ミクサ回路は、その入力側に局部発振器が必ず接続され、場合によつてはラジオ周波数信号増幅器もまた入力側に接続されるものであることが認められるから、ミクサ回路においても負荷の影響が入力側に及ぶことが好ましくないことは明らかである。
また、前掲甲第七号証によれば、トランジスタ・ミクサ回路は、ベース・エミツタ間のダイオードによる検波作用と、それによつて生じた中間周波数信号を増幅する作用とを有することが認められるので、トランジスタ・ミクサ回路(当事者間に争いのない本願発明の要旨及び前掲甲第五号証によれば、本願発明及び第一引用例発明がトランジスタ・ミクサ回路に関するものであることは明らかである。)においては発振の問題が皆無であると断定することはできない。
そうすると、審決が指摘する周知技術としての単方向化及びその一手段である不整合法は、多段増幅回路に限定されるものではなく、トランジスタ・ミクサ回路をもその対象として適用されるものであると認めるのが相当であり、この点に関する原告の主張は採用することができない。
2 第一引用例発明の具体的内容について
(一) 第一引用例にいう「減結合」について
前掲甲第五号証によつて検討すると、次のとおりである。
すなわち審決が指摘する第一引用例の第四図に関する説明の趣旨は、原告主張のとおり、「局部発振器31と出力回路13との間を、より有効に減結合することができるように、トランジスタ2´´と2´とがカスケード接続されている。」というものであることが認められるが、右説明自体からは、その「減結合」の意味が、原告主張のように、局部発振信号が出力回路に現われないようにすることであるのか、それとも審決認定のように、帰還容量を打ち消す中和キヤパシタに代わつて単方向化を行なうことであるのか、明らかでない。
しかし成立に争いのない甲第九号証によれば、一般に「減結合」は「帰還の防止」の意味を含む用語であるところ、第一引用例にいう「減結合」が右「帰還の防止」の一態様である、審決認定のような単方向化ではありえないと積極的に断定するに足る根拠は見出せないし、局部発振器31と出力回路13の間の減結合というのであるから、出力回路13から局部発振器31への結合(すなわち帰還)の防止と解しても矛盾はない。
ところで、仮に第一引用例にいう「減結合」が原告主張のようなものであるとすれば、第一引用例における第四図の回路の第二トランジスタ2´´は所望出力信号は増幅するが局部発振信号は減衰させるような特性のものでなければならない筈である。右特性は、所望出力信号がラジオ周波数信号と局部発振信号の差の周波数のものである場合に限れば、低周波型トランジスタを用いて実現することが可能であろう。しかるに、第一引用例の第四図の回路における所望出力信号は、右差の周波数のものに限られてはいないものである。何故ならば、第一引用例において、第四図の回路と第三図の回路との間の相違につき、第二トランジスタ2´´を付加した点に関する事項以外には何の説明もない以上、他の点、特に同一記号で表わされる素子については、両回路共通であるものと解せざるをえないところ、第三図の回路の説明によれば、その出力回路13は局部発振器31からの信号とトンネルダイオード1からの信号の差又は和の周波数に同調するものとされているからである。よつて、第四図の回路は、その所望出力信号の周波数が、局部発振信号とラジオ周波数信号の和の周波数(局部発振信号及びラジオ周波数信号の周波数よりも高い周波数)である場合を含むものであると解さざるをえない。
そうとすると、第四図に関する説明にいう「減結合」は、右和の周波数の場合にも同様に有効なものでなければならない。ところで一般に、トランジスタは周波数が低いほど利得が大きいものであるから、右和の周波数の場合には、トランジスタそれ自体によつて所望出力信号を増幅して局部発振信号やラジオ周波数信号を減衰させることは困難であり、まして、第二トランジスタが低周波型のものであつてよいはずもない。
従つて、たとえ差の周波数の信号を出力する場合に低周波型トランジスタを用いて原告主張の意味における「減結合」が達成されるとしても、和の周波数の場合にはそのようなことができないのであるから、それを以て第一引用例にいう「減結合」の内容であると限定することはできず、結局、「減結合」の意味について原告主張のように解することはできない。
ちなみに、前掲甲第八号証によると、そこに記載の回路は、二個のトランジスタを並列に接続して、局部発振周波数成分又は信号周波数成分が出力トランス中で相殺して出力に現われないようにしたものであるから、その作用を、それと構成を異にする第一引用例における第四図の回路に期待することはできないものであり、これを原告主張のように解する資料とすることはできない。
ひるがえつてみると、周知の不整合法による単方向化はトランジスタ・ミクサ回路をもその対象として適用されることは、前記認定のとおりであり、さらに前掲甲第六号証によれば、不整合法の一具体例(同号証第五七八頁第八・九八図(a))として、第一段のエミツタ接地接続トランジスタのコレクタを第二段のベース接地接続トランジスタのエミツタに直接接続した型(いわゆるカスコード接続)が周知であつたことが認められ、そして第一引用例の第四図の回路における第一及び第二トランジスタも、局部発振器側からこれをみれば右と全く同じ構成となつており、トランジスタ回路の一般的性質からみて、両トランジスタの間がインピーダンス不整合状態となつているのが明らかであること、などを総合して考察すれば、第一引用例にいう「減結合」を不整合法による単方向化によつて帰還を防止したもの、すなわち審決認定のように、帰還容量を打ち消すための中和キヤパシタを使用することなく、ラジオ周波数信号を中間周波数信号に変更・増幅する動作を安定に行なうものと理解することは十分合理的であり、審決の認定は相当であつて、これを誤りとする原告の主張は採用することができない。
(二) 第一引用例発明の動作・性質について
不整合法による単方向化に関する周知事項と第一引用例発明における「減結合」とについての審決の認定判断に誤りがないことは、前記認定のとおりである。従つてこれが誤りであることを前提として第一引用例発明の動作―性質に関する審決認定の誤りをいう原告の主張は理由がないことが明らかである。
3 容易推考性について
原告は、第一引用例発明においては、第一トランジスタのエミツタにトンネルダイオードからのラジオ周波数信号を印加する点が不可欠の事項であり、これを第二引用例記載の混合方式に設計変更するようなことを考慮・検討する余地は全くないと主張する。
そこで前掲甲第四号証、甲第五号証及び第七号証によつて検討すると、トランジスタ・ミクサ回路については、局部発振電圧の注入方法とトランジスタの接地方法とに関し、第一引用例発明のものを含めて多くの型式があり、諸般の事情ないし条件の総合判断によつてそれらの内の適当なものを選択することができるものであることが本願発明の出願前周知であつたと認められるから、第一引用例記載の発明中ミクサ回路に関する部分については、ラジオ周波数信号源がトンネルダイオード回路の場合に右周知の諸型式中の特定のものとして推奨されたのであり、ラジオ周波数信号源がトンネルダイオード回路でさえなければ、他の型式のもので差支えがないものとして理解するのが、当業者にとつて自然であるものと認められる。また、第一引用例発明における第二トランジスタ2´´の意義は、その第四図に関する説明において、局部発振器31との関係においてのみ述べられているものであつて、トンネルダイオード1との関係において述べられているものではない。
そうしてみると、第一引用例の第四図及びそれに関する説明を、ミクサ回路における減結合のための第二トランジスタ2´´の使用という観点から理解・評価し、その第一トランジスタヘのラジオ周波数信号の印加方法の変更を、その信号源の素子の変更も含めて考慮・検討する余地は十分にあるものといわねばならない。従つて原告の主張は理由がなく採用できない。
4 相違点の看過
原告は、本願発明における第二トランジスタは帰還用キヤパシタ54の有無とは無関係に、それ自体の自明の作用としていわゆる第二次ミキシングを行ない、中間周波数信号をレベルアツプし、それによりスプリアス障害の減少という効果を生ずるものであるのに対し、第一引用例発明の第二トランジスタは低周波型のものであり、局部発振信号とラジオ周波数信号を減衰させるため、右のような効果を生じないものである旨主張する。
そこで成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、第三号証及び前掲甲第五号証並びに弁論の全趣旨によつて検討すると、第一引用例発明の第二トランジスタが低周波型のもので局部発振信号とラジオ周波数信号を減衰させるものである旨の原告の主張が採用できないことは前記2の(一)項における認定から明らかであるから、第一引用例発明と本願発明の第二トランジスタに関する構成に相違はないことが認められる。そうすると、仮に本願発明の第二トランジスタの作用効果が原告主張のとおりであるとすれば、第一引用例発明における第二トランジスタにおいても、それと同じ作用効果が当然に生じているものといわなければならない。
従つて、この点に関し、審決が本願発明と第一引用例発明との間の相違点を看過したとする原告の主張もまた採用することはできない。
三 そうすると、審決の違法を理由としてその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却するほかない。
〔編註その一〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四四年五月一五日特許庁に対し、名称を「ミクサ回路」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九六八年五月一六日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(昭和四四年特許願第三七六七六号)をしたが、昭和四六年七月二一日拒絶査定を受けた。そこで原告は、同年一一月二九日審判を請求し、昭和四六年審判第九一七七号事件として審理され、昭和五一年一二月二四日出願公告(特公昭五一―四九一六四号)された。これに対してソニー株式会社から特許異議の申立があり、昭和五三年八月七日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年八月二三日原告に送達された。なお、出訴期間として三か月が附加された。
二 本願発明の要旨
ラジオ周波数信号と局部発振信号との混合によつてラジオ周波数信号を中間周波数信号に変換するヘテロダイン受信方式における、入力電極と出力電極とを有しエミツタ共通型に接続された第一のトランジスタと、前記第一のトランジスタの入力電極にラジオ周波数信号を印加するための第一の回路と、前記第一のトランジスタの入力電極に局部発振信号を印加するための第二の回路と、入力電極と出力電極とを有しベース共通型に接続された第二のトランジスタと、前記第一のトランジスタの出力電極と前記第二のトランジスタの入力電極との間の直接的回路接続と、前記第二のトランジスタの出力電極から中間周波数信号を出力させるための出力回路とを具備してなる、前記第一のトランジスタと第二のトランジスタとがカスコード接続されたミクサ回路。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙(本願発明)
<省略>
<省略>
別紙二(第一引用例)
<省略>
別紙三(第二引用例)
<省略>